福岡高等裁判所 平成8年(ネ)745号 判決 1997年3月25日
控訴人
住友海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役
小野田隆
右訴訟代理人弁護士
片山昭彦
被控訴人
大剛警備保障有限会社
右代表者代表取締役
近藤清
右訴訟代理人弁護士
山下俊夫
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人は、控訴人に対し、金四九万三八一九円及びこれに対する平成八年一〇月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
三 この判決は第一項1に限り執行することができる。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金一二九万円及びこれに対する平成七年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
本件は、保険会社の控訴人が交通事故の加害者(被保険者)と締結していた損害賠償保険(任意保険)契約に基づき、被害者に保険金を支払ったことにより、被保険者が右事故の共同不法行為者の被控訴人に対し有する求償権を取得したとして、被控訴人に対し、右求償金及びこれに付帯の遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 控訴人は、訴外石間伏朗(以下「石間伏」という。)との間で、同人が運行の用に供する自動車(以下「本件被保険自動車」という。)にかかる損害保険契約(いわゆる任意保険、以下「本件保険契約」という。)を締結していた。
2 石間伏は、平成六年六月一四日午前一〇時五分ごろ、長崎市旭町二七番二六号先路上において、本件被保険自動車を運転して進行中、訴外山口敏行(以下「山口」という。)運転の普通乗用自動車に衝突し、山口に対し、頚部捻挫の傷害を負わせ、二一五万円の損害(石間伏は山口に対し、平成七年四月二六日、長崎簡易裁判所において成立した調停において、右事故による人身損害の賠償として右同額を支払うことを約した。)を与えた(以下「本件事故」という。)。
3 本件事故は、石間伏の前方不注視の過失の他、事故現場で交通整理をしていた被控訴人従業員の誘導ミスの過失に基づいて生じた、石間伏と被控訴人の共同不法行為による事故であり、共同不法行為者である石間伏と被控訴人の間の負担割合は五対五である。
4 控訴人は、山口に対し、平成七年五月一〇日、二一五万円を支払った。
(弁論の全趣旨)
5 控訴人は、石間伏の加入していた自賠責保険から、本件事故について、一二〇万円の支払を受けた。
6 被控訴人は、控訴人に対し、原判決が言い渡された後の平成八年一〇月一一日に、原判決認容金額(付帯請求を含む。)金四九万三九四八円を支払った。
二 争点
右事実関係の下で、控訴人が被控訴人に対して行使できる共同不法行為者間の求償権の範囲が、本件の争点である。
控訴人は、控訴人が山口に支払った金員は、本件保険契約に基づき支払ったものであるから、支払った保険金の全額について、石間伏の共同不法行為者である被控訴人の負担部分について求償権を行使できると主張し、被控訴人に対して、一二九万円(これは、控訴人が支払った保険金二一五万円の六割に相当する金額であり、原審において、当初、控訴人が、石間伏と被控訴人の負担割合が、石間伏が四、被控訴人が六であると主張して訴えを提起した、その請求を維持しているものであるが、原審における争点の整理により、両者の負担割合を五対五として裁判所の判断を求めることで当事者間に合意が成立している。)の支払を求めている(遅延損害金の起算日は訴状送達による請求の日の翌日)のに対し、被控訴人は、控訴人が被控訴人に求償できる範囲は、控訴人が支払った賠償金の金額から、控訴人が自賠責保険からてん補を受けた金額を損益相殺に基づいて控除した残額(控訴人が現実に負担した保険金)の五割に相当する範囲に限られるべきであると主張している。
第三 証拠
証拠は、原審記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 当裁判所の判断
一1 共同不法行為による加害者の一人は、少なくとも、自己が被害者に対して負担する損害賠償債務の全額を支払ったときは、他の共同不法行為者に対して、それぞれの負担割合に応じて、求償権を行使することができると解することができる。
2 また、弁論の全趣旨によれば、いわゆる任意保険は、被保険者が被保険自動車を運行の用に供することに起因して、対人事故による損害賠償責任を負担した場合に、その損害賠償責任の金額が、自賠責保険によって支払われる金額を超過する場合に限って、その超過額をてん補する保険であること、したがって、任意保険の保険者は、自賠責保険によって支払われる保険金の範囲では、任意保険の建前上、保険金の支払義務を負わないものであるが、一般には、任意保険の保険者が、被害者に対して、自賠責保険によって支払われるべき金額をも含めて、損害賠償金に相当する金銭を支払い、後に、自賠責保険者から、自賠責保険が支払うべき保険金に相当する金額のてん補を受けていることが広く行われていることが認められる。
二1 以上の事実関係により検討するに、控訴人は、控訴人が山口に二一五万円を支払ったのは本件保険契約(いわゆる任意保険契約)に基づき支払ったものであると主張するが、右一2において認定したとおり、任意保険の保険者は自賠責保険によって支払われる保険金の範囲では保険金の支払義務を負わないものであるから、右二一五万円のうち自賠責保険の保険金額に相当する部分については、本件保険契約に基づいて任意保険の保険金を支払ったと認めることは困難であるといわなければならない。
しかしながら、右一2に認定した取扱いが広く行われている事実があることからすれば、任意保険の保険者は、自賠責保険の保険者から黙示的な委任に基づき、自賠責保険の保険者の支払うべき自賠責保険の保険金部分を同人に代わって支払っているものと考えられるから、任意保険の保険者が被害者に支払う金銭のうち自賠責保険によって支払われるべき金額に相当する部分は、自賠責保険の保険金としての性質を有するものというべきである。
そうすると、任意保険の保険者が被害者に損害賠償金全額を支払った場合であっても、その支払金には任意保険の保険金としての性質を有する部分と自賠責保険の保険金としての性質を有する部分があることになるから、右支払により任意保険の保険者が被保険者の有する共同不法行為者に対する求償権を取得するということはできず、後記2に判示の本来自賠責保険の保険者が取得すべき求償権部分は自賠責保険の保険者が取得するものというべきである。
2 そこで、任意保険の保険金と自賠責保険の保険金が任意保険の保険者によって被害者に一括して支払われた場合に、任意保険の保険者が取得する被保険者(共同不法行為者)の他の共同不法行為者に対する求償権の範囲について検討するに、前記のとおり、自賠責保険と任意保険の関係は、まず自賠責保険が保険金を支払い、それを超過する部分について、任意保険が補充的に保険金を支払うという関係にあるから、被保険者が第三者に対して有する求償権は、任意保険の保険者に優先的に帰属し、自賠責保険の保険者は、右求償権の金額が、任意保険から支払われるべき保険金の金額を超過する場合に初めて、その超過する部分について求償権を取得する、すなわち、任意保険の保険者は、被害者に支払った金銭のうち、自賠責保険によって支払われるべき部分を除く部分に満つるまで、右求償権を自賠責保険の保険者に優先して取得し、自賠責保険の保険者は、任意保険の保険者が取得した右求償権に残額がある場合にのみ、その残額を取得するということになる。
三 右の見地に立脚して本件をみるに、前記争いのない事実等に記載の事実関係からすると、任意保険の保険者である控訴人は、被害者である山口に対して、本件事故による同人の損害二一五万円について、自賠責保険の保険金の性質を有する部分一二〇万円と任意保険の保険金の性質を有する部分九五万円を合わせて支払ったこと、右山口の損害二一五万円について石間伏と被控訴人の共同不法行為者の内部での各負担部分は、それぞれ一〇七万五〇〇〇円であることが明らかであるから、右の石間伏の被控訴人に対する求償権一〇七万五〇〇〇円は、そのうち九五万円の部分が任意保険の保険者である控訴人に優先的に帰属し、自賠責保険の保険者にはその余の一二万五〇〇〇円が帰属したということになり、控訴人は、被控訴人に対し、右九五万円について、求償権を行使することができるというべきである。(なお、控訴人が山口に支払った金銭は、その全体が保険金としての性質を有するというべきであるから、控訴人が主張するように、控訴人が山口にその損害の全額を支払ったことにより、石間伏が被控訴人に対して有していた共同不法行為者間の求償権の全額を保険代位により取得すると考える余地もない訳ではないと思われるが、その場合であっても、前記争いのない事実等に摘示したとおり、控訴人は、既に自賠責保険の保険者から自賠責保険によって支払われるべき金額の全額のてん補を受けているのであるから、そのてん補を受けることにより、控訴人が取得した被控訴人に対する右求償権のうち、前示の本来自賠責保険が取得すべきであった部分は、保険代位又は法定代位により自賠責保険の保険者に移転しているものというべきであり、右に関する解釈の差異は、前記の結論を左右しない。)
四 控訴人は、控訴人がてん補を受けた自賠責保険によって支払われるべき保険金に相当する金額の損益相殺を認めると、自賠責保険の保険者に対して何らの負担もしていない被控訴人が不当に利得するから、控訴人が、求償権の全額を請求することができると主張するが、前記のとおり、本件の事実関係の下では、自賠責保険の保険者も、被控訴人に対する求償権のうち一二万五〇〇〇円の部分を取得していることが明らかであるから、右の控訴人の主張は前提を誤るものであって採用することができない。また、控訴人は、その支払った金銭から自賠責保険の保険者によっててん補された残額の五割についてのみ求償権を取得するにすぎないとする被控訴人の主張も、前記の自賠責保険と任意保険の関係を正解しないものであるから採用することができない。
五 以上の次第で、被控訴人は、控訴人に対して、共同不法行為者間の求償権に基づき、金九五万円とこれに対する原審記録上明らかな訴状送達による請求の日の翌日である平成七年一二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならないところ、前記争いのない事実等に摘示のとおり、被控訴人は、控訴人に対し、平成八年一〇月一一日に金四九万三九四八円を支払っているから、右求償権の残額は、別紙計算書記載のとおり、四九万三八一九円となる。そうすると、被控訴人は、控訴人に対し、金四九万三八一九円及びこれに対する平成八年一〇月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払う義務があるものというべきである。
第五 結び
よって、控訴人の請求は、主文第一項1の限度で理由があるから、これと異なる原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官山﨑末記 裁判官石丸悌司 裁判官松本清隆)
別紙弁済金充当計算書<省略>